私たちが誰かを好きになるとき、脳は何をやっているのか
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高校のとき、4月のクラス替えで席が決まる。隣の席になった子、前の席になった子、斜め後ろの子。最初は、ただ「席が近い人」だった。何の感情もなかったし、向こうも何も思っていなかったはずだ。
けれど、毎日同じ教室で、同じ授業を受けて、ノートを見せ合ったり、休み時間に話したり、何ヶ月か経つうちに、いつの間にか「あの子、いいな」と思うようになっている。
そして、2学期になって席替えがあって、その子が遠くの席に行ってしまうと、なんだかちょっと寂しい。
これって、なんなんだろう。
特別なことが起きたわけじゃない。劇的なきっかけがあったわけでもない。なのに、いつの間にか好きになっていて、いつの間にか距離が遠くなる。たぶん、誰もが一度は経験している現象だと思う。
これにはちゃんと名前があって、しかも半世紀以上前から、心理学者たちがずっと研究してきた現象だった。調べてみたら、思っていたよりずっと深いところで、私たちの脳は何かをやっていた。
「単純接触効果」という名前
この現象には、「単純接触効果(mere exposure effect)」という名前がついている。
何度も接触するだけで、人は対象に対して好意を持つようになる、というものだ。1968年に、ポーランド系アメリカ人の心理学者ロバート・ザイアンス(Robert Zajonc)が論文にまとめて、有名になった。
ザイアンスがやった最初の実験は、こういうものだった。
被験者に、いくつかの中国語の漢字を見せる。漢字は被験者にとって意味の分からない、ただの記号だ。それを、ある漢字は1回だけ、別の漢字は何回も繰り返し、と回数を変えて見せる。そのあと、「これらの漢字は形容詞らしいんですが、どれくらいポジティブな意味だと思いますか?」と尋ねる。
結果は、はっきりしていた。何度も見せられた漢字ほど、「ポジティブな意味だ」と評価された。
漢字の意味なんて、被験者は誰も知らない。なのに、繰り返し見ただけで、その記号は「いい意味らしい」と感じられるようになった。
これは「人が人を好きになる」話とは違うじゃないか、と思うかもしれない。でも、その後の研究で、この現象は記号だけじゃなく、人に対しても、写真に対しても、音に対しても、ほとんどあらゆる刺激に対して起こることが分かってきた。
そして、もっと劇的な実験が、その後行われた。
教室に「ただ座っているだけ」の女性たちの話
1992年、リチャード・モアランドとスコット・ビーチという二人の心理学者が、大学の心理学の授業を使って、こんな実験をした。
協力者として、年齢も服装も似たような4人の女性を用意する。彼女たちは、その授業の本物の学生ではない。けれど、本物の学生のように振る舞って、授業に出席する。
ただし、出席する回数だけが違う。
- 女性A: 0回(=授業に出ない)
- 女性B: 5回
- 女性C: 10回
- 女性D: 15回(=授業のかなりの回数に出る)
学期は40回の授業があった。彼女たちは、それぞれの回数だけ、講堂の前のほうに静かに座って、ノートを取り、授業が終わったら何も言わずに帰る。他の学生とは一切話さない。話しかけてもこない。ただ、視界の中に存在する、というだけだ。
学期の最後に、本物の学生たちに、4人の女性の写真を見せて、いろいろな評価をしてもらう。「この人を魅力的だと思いますか」「この人と友達になりたいですか」「この人と自分は似ていると思いますか」。
ここからが、面白い。
まず、学生たちは、彼女たちの顔をほとんど覚えていなかった。「この人、見覚えありますか」と聞かれて、「ある」と答えた学生はごく少数だった。記憶レベルでは、女性たちは透明な存在だったということだ。
なのに、評価には、はっきりした傾向が出た。
出席回数が多い女性ほど、魅力的だと評価されたのだ。15回出た女性は、5回しか出なかった女性より、明らかに「魅力的」と思われていた。会話はおろか、目すら合わせていない。なのに、ただ視界の中にいた回数が多いというだけで、好感度が違った。
そして、ここからがあまり語られない部分なのだけれど、もう一つ、興味深い結果が出ていた。
出席回数が多い女性は、「自分と似ている」とも感じられていたのだ。
会話したこともない、相手の出身も価値観も知らない。なのに、ただ何度か視界に入っただけで、その人を「自分と社会的背景が近そう」「考え方が似ていそう」「未来の計画も似ていそう」と感じてしまう。
つまり、単純接触は「好き」を作るだけじゃない。相手の人格に対する認識そのものを歪める。
これは、ちょっと怖い発見だと思う。
私たちは、自分が誰かを好きになるとき、「価値観が合うから」「似ているから」と言って好きになる。でも、もしかしたらその「似ている感じ」自体が、単純に「何度も見たから」という理由で勝手に湧いてきているのかもしれない。
なぜ、そうなるのか — 「処理流暢性」という仕組み
ここまで来ると、当然、「なぜ?」という疑問が湧く。なぜ、ただ視界に入った回数が多いだけで、好感度や、似てる感まで変わってしまうのか。
これについては、いくつかの説があるのだけれど、いまもっとも有力なのは「処理流暢性(processing fluency)」という考え方だ。
これは、こういう仕組みだ。
何度も見たものは、脳がそれを処理するのが、徐々に楽になっていく。神経回路がパターンを覚えるので、初めて見るものより、ずっと少ない労力で認識できるようになる。
問題は、その「楽さ」を、脳が「快」だと取り違えることだ。
楽に処理できる → 気分がいい → なんかこれ好きかも、という連鎖が起きる。脳は「なぜ気分がいいのか」を正確には分析せず、目の前にある対象に対する好意として翻訳してしまう。
これを裏付ける、面白い実験がある。
被験者にあるCMを繰り返し見せる。普通なら、見た回数が多いほど、CMで紹介されている商品を好きになる(単純接触効果)。ところが、この実験では、被験者の半数には、CMを見ている間、口の中にポップコーンを入れてもらった。咀嚼で口が動いて、商品名の「内なる発音」ができない状態にしたわけだ。
結果、ポップコーンを噛んでいたグループでは、単純接触効果が消えた。
つまり、何度も見ることで生まれる「処理の楽さ」が阻害されると、好感度の上昇も起きない。脳の中で「楽に処理できる」という感覚が、好意の核心にあるらしい、ということだ。
私たちが誰かを「好き」と感じるとき、その「好き」の少なくとも一部は、相手そのものではなくて、相手を処理する自分の脳の楽さ加減を、誤って相手の魅力として受け取っている、ということになる。
これも、ちょっと怖い話だ。
意識しないほうが、効果が強い
もう一つ、深いところがある。
単純接触効果は、自分が「見ている」と意識できないほど、強くなる。
これはボーンスタインという研究者が1989年に行ったメタ分析で明らかになった現象だ。複数の研究を統合して分析した結果、5ミリ秒(=0.005秒)という、人間が意識的には知覚できない短さで見せた画像のほうが、500ミリ秒(=0.5秒)というはっきり見える長さで見せた画像よりも、好感度を大きく上昇させた。
5ミリ秒、というのは、被験者にとっては「見た覚えがない」のだ。「いま画像が映りましたか」と聞いても「いいえ」と答える。それでも、その後の好感度評価では、その画像のほうが好かれている。
なぜ、意識できないほうが効果が強いのか。
これにはちゃんと説明がある。人は「いま操作されている」と気づくと、それに抵抗できるからだ。「ああ、この広告何度も見せられてるな、騙されないぞ」と意識すれば、自然に湧いてくる好意を、ある程度は打ち消すことができる。
ところが、意識できないレベルで繰り返し見せられると、抵抗のしようがない。脳は静かに「これは安全だ、見たことがある」と学習し続け、好意だけが蓄積されていく。
考えてみると、これはちょっと不気味な事実だ。私たちが日常で受け取っている広告、SNSのフィード、街中で目に入るロゴ、それらの相当の部分は、「意識的には見ていない」スピードで通り過ぎている。けれど、脳の奥のほうでは、それらが静かに処理され続けていて、知らないうちに「なんとなく好き」が形成されている。
落とし穴: 「最初の印象が悪いと、逆効果になる」
ここまで読むと、「じゃあ何度も会えば誰でも好きになってもらえるじゃん」と思うかもしれない。
ところが、ここに大きな落とし穴がある。
単純接触効果は、最初の印象がニュートラル、あるいは少しポジティブだったときにしか働かない。
最初の印象がネガティブだった場合、何度会っても、好感度は上がらない。むしろ、会えば会うほど、もっと嫌いになる。
これは香りの研究で実証されている。心地よい香りや無臭の香りは、繰り返し嗅ぐと好感度が上がっていく。けれど、最初から嫌な匂いだと感じた香りは、何度嗅いでも嫌いなまま。それどころか、評価がさらに下がっていくこともあった。
人間関係でも同じだ。職場に苦手な人がいると、その人と毎日顔を合わせるたびに、なんとなく苦手感が増していく、という経験はないだろうか。あれはたぶん、気のせいじゃない。単純接触効果は、ネガティブな初期印象を「ニュートラルに戻す」働きはしない。むしろ、もとの方向に増幅させる。
「会えば分かり合える」というのは、たぶん半分は嘘で、半分は本当だ。もともと嫌な感じがしなかった相手とは、会うほど好きになっていく。けれど、最初に嫌な感じがした相手は、会うほど嫌いになっていく。これが、単純接触効果の冷たい一面だ。
進化的に見ると、これは「安全装置」だった
なぜ脳が、こういう仕組みを持っているのか、という話にも少しだけ触れたい。
進化的な観点から言うと、これはたぶん、生存のための装置だった。
太古の人類にとって、未知のものは、命に関わる危険を意味していた。見たことのない動物は、襲ってくるかもしれない。見たことのない植物は、毒かもしれない。だから、初対面のものに対しては、警戒する。これは賢明な反応だ。
逆に、何度見ても何も悪いことが起きなかったものは、安全だと判断していい。「あの種類の動物は、いつも遠くを通っていくだけで、襲ってこないな」と分かれば、警戒を解いていい。「あの植物は、何度見ても食べられるな」と分かれば、好物にしていい。
つまり、繰り返し見て無事だったということ自体が、その対象に対する「安全証明書」になる。脳は、その安全証明書を「好意」という形で内側に表現している。
これは人間にも同じく適用される。よく見かける人 = 自分に対して敵対行動を取らない人 = 安全な人 = 好意の対象、という古い回路がそのまま生き残っている。
しかも、この仕組みはあまりに古いので、生まれる前から働いているらしい。
鶏の卵に、特定の周波数の音を聞かせる実験がある。孵化した後、その雛は、自分が卵の中で聞いていた音のほうを、もう一方の音より好む。卵の中の雛は、当然、その音を「意識して聞いて」はいない。それでも、生まれた瞬間には、その音に対する好意がすでに形成されている。
私たちの脳の中にも、たぶん、同じくらい古くて、同じくらい無意識の回路が動いている。
物理的な距離も、好意を作る
最後に、もう一つだけ。
単純接触効果が「人が人を好きになる」場面でどれくらい強いか、という研究で、最も古典的なのが、1950年にレオン・フェスティンガーたちがマサチューセッツ工科大学(MIT)の寮で行った研究だ。
彼らは、寮に住む既婚の大学院生たちに「親しい友達を3人挙げてください」と尋ねた。学生たちはランダムに部屋を割り当てられていたので、誰の隣に誰が住むかは、ほぼ偶然だった。
結果は、驚くほどはっきりしていた。
挙げられた友達の 65%が、同じ建物の住人だった。さらに、41%が、自分の部屋から5部屋以内に住んでいる人だった。隣の部屋に住んでいる相手とは、廊下の反対端に住んでいる相手より、4倍も友達になっていた。
つまり、誰と親しくなるかは、価値観や趣味より、まず「物理的にどれくらい近いか」で決まっていた。
これは、フィラデルフィアで1932年に行われた古い調査でも同じだった。結婚した夫婦の婚姻届を5000件分析したところ、3分の1の夫婦が、結婚前は5ブロック以内に住んでいたことが分かっている。
恋愛も結婚も、私たちが想像するよりずっと、「たまたま近くにいたかどうか」で決まっている。
これは、現代だと少し変わってきているかもしれない。SNSやマッチングアプリで、物理的な距離は以前ほど大きな制約ではなくなった。けれど、それでも、私たちが日常で「気になる」人のかなりの割合は、結局、何度も顔を合わせる距離にいる人だ。
「好きになる」という錯覚
調べ終わって、ぼんやり思ったのは、こういうことだ。
私たちは、誰かを好きになるとき、「自分が選んだ」と思っている。「気が合うから」「価値観が似ているから」「魅力的だから」と、理由をつける。
けれど、その理由のかなりの部分は、たぶん後付けだ。
実際に起きているのは、たぶんこういう順番だ。
何度も視界に入る。脳がその人を処理するのが楽になる。楽だから気分がいい。気分のいい状態で相手を見るので、「魅力的」と感じる。魅力的だと感じるので、「価値観も似ていそう」と感じる。価値観が似ているから、「自分はこの人が好きだ」と結論づける。
ぜんぶ、繰り返し見たことから始まっている連鎖だ。
これは、恋愛をロマンチックに考えたい人にとっては、ちょっと寂しい話かもしれない。「運命の人」みたいなものは、たぶん、たまたま教室の隣の席にいた人だ。「価値観が合う相手」みたいなものは、たぶん、何度も顔を合わせたから合うように見えた人だ。
席替えで遠くに行ってしまうと寂しくなるあの感覚も、たぶん、そういうことなのだろうと思う。隣にいる回数が減るだけで、脳の中の好意の回路は、ゆっくり弱まっていく。あの「寂しい」も、好きになる仕組みの裏返しでしかない。
でも、見方を変えれば、これは希望のある話でもある。
誰かに好きになってほしかったら、特別なことをする必要はない。ただ、何度も会えばいい。劇的な告白も、派手なプレゼントもいらない。同じ場所に、何度も、自然に居続ける。それだけで、相手の脳の中で、何かが静かに動き始める。
ただし、最初に嫌な印象を与えないように、気をつけながら。
おまけ。
この記事を最後まで読んだあなたは、たぶん、最初に読み始めたときより、私のことをほんの少しだけ好きになっているはずだ。少なくとも、知らない人が書いた知らない記事を読み始めるときよりは。
そういう仕組みになっている、らしい。
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