縦に振ると『はい』、横に振ると『いいえ』、これって誰が決めたんだろう
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縦に首を振ると「はい」で、横に振ると「いいえ」。
私たちは生まれてからずっと、当たり前のようにこれをやっている。会議で頷き、誰かに何かを断るときに首を横に振る。日本でも、アメリカでも、フランスでも、ブラジルでも、たぶん同じだ。
でも、よく考えると、これって誰が決めたんだろう。
縦が「はい」じゃなきゃいけない理由はない。横が「いいえ」じゃなきゃいけない理由もない。なのに、なぜ世界中の多くの場所で、同じ動きが同じ意味を持っているのか。
ちょっと気になったので調べてみたら、思っていたよりずっと古くから、ちゃんと議論されている問題だった。
ダーウィンが、すでに考えていた
調べてみてまず驚いたのは、この問いに最初に本格的に取り組んだのが、あのチャールズ・ダーウィンだったということだ。
進化論の人だ。ビーグル号に乗ってガラパゴスに行った人だ。あの人がなぜ首振りの話を、と思うのだけれど、ダーウィンは1872年に『人及び動物の表情について』という本を書いていて、その中で頷きや首振りの起源について論じている。
しかも調査方法がちょっと驚きで、ダーウィンは世界中の宣教師に手紙を書いて、現地の人がどんなジェスチャーで「はい」「いいえ」を表すか、情報を集めた。そして、頷きで「はい」を意味する習慣が、多くの異なる集団に共通していることを突き止めた。
つまり、ダーウィンはこのジェスチャーが「文化を超えて共通する=ヒトに生まれつき備わっているのではないか」と疑った。
そして、彼はその起源について、一つの仮説を提示した。
「赤ちゃんの摂食行動」が起源、という仮説
ダーウィンが立てた仮説は、こうだ。
赤ちゃんは、お腹が空いているとき、ミルクを探して頭を縦方向に動かす。逆にミルクを拒否するときは、頭を左右に振る。
これが「はい」と「いいえ」の起源なんじゃないか、というのが、ダーウィンの主張だった。
言われてみると、確かにそうだ。お母さんのおっぱいを探すとき、赤ちゃんは口を縦に動かして探る。一方、お腹がいっぱいになって、もう要らないとき、赤ちゃんは顔を横に振って乳首から逃れる。ダーウィンは、赤ちゃんがミルクを拒否するときほぼ必ず頭を横に向け、食欲があるときは前方に頭を傾けるように頷くと観察した。
つまり、私たちが大人になってからも使っている「はい(縦)」「いいえ(横)」は、人生のいちばん最初に経験する「食べる(縦)」「食べない(横)」の名残かもしれない、という話だ。
ちょっとロマンチックな仮説だけれど、これを支持する別の証拠もある。
生まれつき目が見えない子も、首を横に振る
ダーウィン以降の研究で、興味深い事実が分かってきた。
生まれつき目が見えない子どもも、首を横に振る。しかし、頷きはあまりしないらしい。
これは、もし首振りが「他人を見て真似て学ぶ」だけのものだったら、生まれつき目が見えない子はそれを使わないはずだ。けれど実際には、彼らも首を横に振って「いいえ」を表す。これは、首を横に振るという動作が、ある程度ヒトに組み込まれている可能性を示唆している。
しかも、もう一つ面白いデータがあって、子どもは「はい」より先に「いいえ」を覚える。
英語、フランス語、韓国語、スロバキア語など複数の言語圏での親への聞き取り調査によると、子どもが首を横に振り始める平均年齢が10.3ヶ月なのに対し、頷き始めるのは14.5ヶ月。4ヶ月の差は発達のこの段階ではかなり大きい。
つまり、私たちは「いいえ」のジェスチャーを「はい」より先に身につけている。これは言葉でも同じで、子どもは「ノー」を「イエス」より先に覚える、と言われている。考えてみたら、赤ちゃんが最初に伝えたいのは、ほとんどの場合「これは要らない」「やめて」だ。「いいえ」のほうが、生きていくうえで先に必要だったのだろう。
ここまでだと、「ダーウィンの仮説は概ね当たってそう」という話になる。
でも、世界は広い。
例外: ブルガリアでは、縦と横が逆になっている
調べていくうちに、もう一つ、決定的に面白い話に行き当たった。
ブルガリアでは、縦に首を振ると「いいえ」になるらしい。
そして、横に振ると「はい」になる。
完全に、逆になっている。
ブルガリアや南アルバニアの一部では、首を横に振ることが肯定(=「はい」)を意味し、頷きが否定(=「いいえ」)を意味する。世界の他の多くの地域とは完全に逆である。
これは、最初の旅行者がブルガリアに行くと、ほぼ全員が混乱する現象として有名らしい。レジで何かを尋ねて、店員が首を縦にきっぱり振ったら、それは「ノー、ありません」の意味だ。逆に、ふるふる横に振ってきたら、「イエス、あります」の意味になる。
なぜブルガリアだけ逆なのか、というのが、次の謎だ。
ブルガリアの逆転に、悲しい伝説がある
ブルガリアの首振り逆転については、いくつかの仮説がある。起源について歴史家や言語学者のあいだでも、いまだに議論が続いているのだけれど、ブルガリア人自身がよく語る一番有名な説は、こういうものだ。
オスマン帝国の時代、ブルガリア人は、ジェスチャーをわざと逆にして、信仰を守ったのではないか、という話。
最も人気のある説明は、ブルガリアが何世紀もオスマン帝国の支配下にあったことに関係している。伝説によれば、オスマン帝国の当局がブルガリア人にイスラム教への改宗を要求したとき、ブルガリア人はジェスチャーを逆転させた。
つまり、こういうことらしい。当時、オスマン帝国の役人が村にやってきて、住民を整列させて尋ねる。「お前たちは今、イスラム教徒か?」。普通に「ノー」と答えたら、殺されるか、ひどい目に遭う。だから住民たちは、首を縦に振った。表向きは「イエス、私はイスラム教徒です」と従順に答えているように見える。でも、彼らの文化の中ではその縦振りは「ノー」を意味していて、内心では「いいえ、私はキリスト教徒です」と答え続けていた。
この物語が歴史的に正確なのか、それとも美化された国民的伝説なのかは、いまも議論が続いている。けれど、現代のブルガリア人がよく語る説明として、定着している。
本当だとしたら、なんとも切なくて、しぶとい話だ。
ジェスチャーひとつで、何百年も信仰を守ろうとした人たちがいた。「はい」と「いいえ」を入れ替えるだけで、抵抗できることがあった。そしてその逆転は、外圧がなくなった現代になっても、文化の中にそのまま残り続けている。
ちなみに、他にもブルガリアの首振り逆転については、インドからジプシー(ロマ)を通じて伝わったという説や、7世紀に第一次ブルガリア帝国を築いた遊牧民系の原ブルガール人の伝統に由来するという説もある。決定的な答えは、まだ出ていない。
ジェスチャーは、生まれつきと文化のあいだで揺れている
調べ終わって、ぼんやり思ったのはこういうことだ。
「縦が『はい』、横が『いいえ』」というルールは、たぶん、ヒトの体に半分くらい組み込まれている。赤ちゃんの摂食行動から自然に出てくる動きで、目が見えない子もそれを使う。だからこそ、世界の多くの場所で、同じ意味を持っている。
でも、残りの半分は、文化が決めている。だからブルガリアでは逆転し、インドでは独自のヘッド・ウォブルが発達した。歴史の中の、外からの圧力や、他文化との交流が、生まれつきの動きを上書きしていく。
ヒトの体が出す自然な動きと、その上に降り積もる文化と歴史。私たちが何気なく頷くたびに、その両方が、ほんの一瞬だけ、私たちの首の動きの中で出会っている。
そう思うと、自分の首の動きが、ちょっとだけ違うものに見えてくる。
おまけ。
ブルガリアに行った日本人やアメリカ人の体験記を読んでいると、ほぼ全員が「頭では分かっているのに、咄嗟に首が動かせない」と書いていた。何百回何千回何万回頷いてきたか分からない縦振りを、一瞬で逆の意味に切り替えるのは、無理らしい。
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